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「煮こみやなりた」で最後の晩餐

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「煮こみやなりた」は代々木駅西口のビルの1階にあった。その「代々木会館」という名の建物は、TVドラマ「傷だらけの天使」でのショーケンがペントハウスに住む、という設定でよく知られてはいた。だが今世紀に入ってすぐのはじめて行った頃は、バブルを乗り越え、まだあったのかと思わせる魔窟と言うにふさわしい佇まい。カウンターとハイチェアで囲むテーブルがね10人席ぐらいで、オープンキッチンでは主人の成田英寿さんが、一人で忙しく調理をしていた。ワインは店外の通路にあるワイン冷蔵庫に置いてあって、客が適当に勧められたものを選ぶ。店内にトイレはなく、バスティシュのロールをもらって、建物の奥の「共同便所」に持っていく。お世辞にもファンシーではないというのに、夜な夜な美女が集い、賑やかに舌鼓を打つ、という不思議な店だった。
料理はヌーベルキュイジーヌともフュージョンとも違う、フランスの地方都市やマグレブ(北アフリカ)のビストロ等で食べるようなガッツリしたものが、白いオーバルの皿に乗ってドンと出てくる。写真は「フォワグラとキノコのパイ包み」。ジブリ映画「魔女の宅急便」に出てくるおばあちゃんが作ってくれる「ニシンのパイ包み」じゃないが、ある種ヨーロッパの家庭料理とも言えるメニューで、外食で食べたのはここだけだ。当時はラストオーダーが深夜1時ということももあり、焼肉かラーメンという定番深夜メシ以外で、遅くまで仕事をした帰り道にちゃんとした料理が食べられる希有な店として、通い始めたのだった。
2006年に立ち退きに伴い駅の東口に移転、もちろんセラーもトイレも店内にある20席ほどに店舗を拡大した。ソムリエとの二人でのオペレーションとなるものの、相変わらず一人で調理するお値打ち料理は、SNSなどで拡散するにつれ「予約が取れない店」として評判になっていった。とはいえ「ワインバー」だという成田さんの言葉に甘え、遅めの時間にワインだけをグラス1杯(実際はそれにとどまらないが)傾けながら、カウンター越しによもやま話をするという形でしばしば訪れることになる。また前の店からのご贔屓筋を中心に「なりたりあん」という、よく飲みよく食べるグループで、あちこち遠征する楽しみもできた。思えばここに出入りするようになって、このブログでの飲食店の記事がめっきり減った。パソコン通信からブログ、mixi、Twitter、Facebook、Instagramへと個人の情報発信の形が変わるにつれ、いろんな店をめぐりレビューを書くより、ステーキくらいにしておこう、と思ったことも理由の一つである。
最後の最後の営業日、奇跡的に早い時間の予約が取れ、家族で料理を食べさせてもらったのは何よりだった。業務用のソースを使い、近所のスーパーで買ってきたとおぼしき、パックに値段のシールがついたままの野菜や果実で仕上げたとは思えないおいしい料理と、声をかけるのもためらわれるほど真剣に調理しながらも、時にカウンターのボクに浴びせる「上品なエロ話」のふたつの「マジック」は決して忘れることはないだろう。とにもかくにも成田さん、お疲れさまでした。しばらくゆっくりされたら、またフランスに食べにご一緒することを楽しみにしています。


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